コピの部屋

好きなもの・人に対しての想ひを語ってみます。お子様ランチ記事を目指します!

【読書の日記念】『活字のダンス』

 

『活字のダンス』 作:コピ

 

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やっと読み終えた。
彼女の言った通り、スピード感のある小説だったと思う。
すごく面白かった。
でも、1冊終わるのに四日も掛かった。
その間に、彼女は15冊の本を読み終えている。
15冊の中には長編小説が含まれている。

 

 

一緒に住む彼女は自慢出来るくらいの愛読家だ。
流行りの言葉でビブリアと呼ばれる人なのだろう。
俺に勧めた彼女の本に、ハズレが無い。
さすが沢山の本に触れてきた経験が活きている。
と、感心しつつも俺は文字が苦手だ。
本を読むとすごく疲れる。
なるべく読書を避けるよう、彼女をはぐらかす生活は続く。

 

 

読書をする彼女の状況は、少しずつ変わった。
本屋で購入した千円の本が、数時間しかもたない。
2~3冊買っても1日あれば読み終えてしまうので、金銭的にマズい。
破産してしまうので、もう書店で本は買っていない。
古本屋で大量に買ってきた時がある。
部屋が本で埋め尽くされてしまい、俺は激怒した。
電子書籍はあまり好きじゃ無いようで、図書館に通うようになる。
本を借りることが日課となった。

 

 

しばらく経ったある木曜日。
彼女の機嫌がすこぶる悪い。
恐らく、近くの図書館が休館日だから。
日曜・祝日以外に、第1と第3木曜が休みになる。
平日の休館日は、特に機嫌が悪くなるんだ。
だが、そんな彼女にも慣れてきた。
通勤電車の網棚に、お役御免となった新聞紙。
そんな物でも彼女は、気の利いたプレゼントとして受け取ってくれる。
機嫌は直った。
懸命に新聞を読む姿を見ながら「彼女は少し変わっているのでは?」と思った。

 

 

彼女は、やっぱりおかしい。
強く感じたのは、電車で買い物に出掛けようとしたとき。
彼女は、おもむろに駅に置いてある無料チラシを片っ端から集めた。
いつもの二人なら、電車の中で他愛のない会話をしていたひと時。
隣に座る彼女は、黙って地域のコミュニティ誌を読んでいる。
いや、英会話教室のチラシを、いや、生命保険のチラシを読ん・・・兎に角、すごいスピードで集めた印刷物を読んでいる。
まるで、何かに取り憑かれたよう。
ショッピングを楽しんでいる時は、ごくごく普通だったが。

 

 

それから数日後。
先に仕事を終えて帰宅していた彼女が、台所に立っていた。
冷蔵庫の中を確認しているようだった。
そっと様子を覗いてみる。
手にはドレッシング。
「国産有機丸大豆」「遺伝子組み換えでない」「アルコール不使用」「栄養成分表示100g当たり」「開栓後は密栓し要冷蔵でなるべく早くお召し上がり・・・」
ラベルを隈なく読んでいるようだ。
ドレッシングが終わると、中濃ソース、海苔の佃煮、ジャム、次々手を伸ばした。
冷蔵庫の中の全てを読み終え「はぁー」と大きなため息をついた。
振り返った彼女。
「あ、おかえり」
やっと俺の存在に気が付いた。

 

 

ある日、彼女は泣いていた。
理由を聞く。
どうも、常に活字に触れていないと精神が安定しないようだった。
活字依存症。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
ひょっとすると依存じゃなく、中毒、なのかも知れない。
読むことによって、紙に印刷された活字が楽しく踊っているように見えるらしい。
定期的にその様子を見ないと、なんにも手につかない。
印刷された活字だったら、何でも良いそうだ。
ただ、一度読んだ事のある印刷物の活字は、動かなくなってしまう。
彼女は、活字のダンスを見るために、初見の印刷物が常に必要だと言う。
「わたし、病気かも知れない・・・」
文字が苦手な俺には、彼女の気持ちが分からない。
だけど、何とかしなければならない。

 

 

他のモノに気持ちが移れば、少しは気が紛れるのではないだろうか?
二人はペットショップに向かった。
動物だって、楽しそうに踊る!はず。
そう見えるに違いないと思ったから、ペットショップにやって来た。
トイプードルの何とかちゃんの紹介文を真剣に読んでいる。
やっぱり、彼女は相変わらずだった。
店内を回っていると、彼女の足が止まった。
何かをジッと見ている。
「あっ、それはエサだね。生きている方が好まれるみたい。カメレオンとかトカゲが食べるみたいだよ」
「へぇー、そう・・・」
結局、ペットを飼うに至らなかった。
だけど、彼女はとても満足そう。
近いうち、活字に代わる何かが見つかるかも知れない。
活字のように踊るスコティッシュ・フォールドなんて、可愛くてたまらないだろう。

 

 

 

1週間の出張がやっと終わった。
彼女へのお土産は、地方の新聞。
「もう、そういうお土産が要らなくなるかも」
出張先から彼女に電話をしたら、そんなことを言っていた。
何かのきっかけさえあれば、いつだって回復できる。
依存症や中毒なんて、そんなものかも知れない。

玄関ドアを開けた。
「ただい・・・」
突然、僕の顔を目掛けて、何かが飛んできた。
「うわぁ」
コオロギだった。
ほの暗い部屋の中で、無数の黒い物体が蠢いている。
卒倒しそうだがなんとか耐えた。
コオロギの絨毯に倒れこむなんて絶対に出来ない。
照明のスイッチを押すと、俺の帰りを喜んでいるみたいに、コオロギたちは踊り始めた。
5000匹は居そうな部屋の中心に、彼女が笑顔で座っている。
「おかえりなさい」

 

 

 

この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。