『不愛想』 作:コピ
心の声が聞こえた。
「面白い。すごく面白い」
確かに聞こえたよ。
通う高校のクラスメイトに、影の薄い女子がいた。
病を患っているような青白い肌、細い体が、なんだか怖かった。
顔も表情が無いというか、不愛想というか・・・。
幼かった彼女がご両親を亡くしていたことは、あとになって知った。
根っからのお調子者で、学校でも馬鹿なことをしては皆を笑わせていた僕。
不愛想な彼女との接点は無いと思っていた。
「面白い」
いつもみたいに馬鹿をやっていると、誰かが囁いた。
見渡すけど、皆の笑い声しか存在していないように思える。
「面白い。すごく面白い」
人垣の向こうのほう。
不愛想な彼女のものだ。
僕の耳に、彼女の心の声が届いた。
とっても小さな声。
勘違い、じゃないと思う。
彼女を意識し始めた。
無表情で怖いと思っていた彼女の顔が、実はすごく整っていたことに気が付いた。
笑顔は、きっと可愛いはず。
彼女の笑顔が見たくって、僕の馬鹿っぷりに拍車がかかった。
相変わらず、彼女は不愛想。
でも、誰にも聞こえない笑い声を僕だけは聞くことができる。
友達は、僕と彼女が付き合うことを知って驚いていた。
僕は女性に対して、積極的に行動するタイプではない。
モテるタイプでもない。
しかも相手は、会話する姿を殆ど見ない無口で不愛想な女性だ。
友達は、アガサ・クリスティを読んでいる時のような顔で僕に聞いてくる。
「どうした?」
この「どうした?」には、不可思議以外、馬鹿にする意味合いが含まれていた。
「彼女の良さは誰にもわからんよ」
思い浮かんだ大人の対応で頑張ってみたが、実際のところは僕にも分からない。
彼女の魅力はなんだろう?
名探偵エルキュール・ポアロだって、分からないんじゃないのかな?
何度目のデートだろうか?
彼女に表情があるのを知った。
元々あったのか、心の声の影響でそう見えるのかは不明。
でも、ずっと笑顔でいて欲しいと思う。
幼い頃ご両親を亡くし、笑顔を失ってしまった彼女。
誰が見ても「笑っている」と認識される顔になるまで、僕は馬鹿なことを続ける。
これは宿命か?
いや。
単に、彼女が好きなんだ。
ある日、彼女を家まで送った時のこと。
彼女の祖父が、中から出てきた。
「孫娘をたぶらかすのはお前か!」
そう言われることを覚悟した。
「あの子が最近明るくなった。ありがとう」
意外な言葉だった。
「いえ。こちらこそありがとうございます」
自分でも何がありがとうなのか、さっぱり分からない。
帰り道で何に泣いているのかも、さっぱり分からない。
うれし涙、かも知れない。
二人の関係は、とても穏やかだった。
今日も彼女の機嫌は良い。
他人には、まぁ分からないと思うけど・・・。
僕のおバカは止められない。
目の前には、不愛想な彼女。
僕を求めてくれて、それに応えることで、僕は僕らしくいられる。
二人を包む、見えない何かが、とっても暖かい。
彼女もそう思ってくれているといい。
別れは突然訪れた。
まだ、18なのに。
彼女の祖父が呟く。
「微笑んでいるような安らかな顔だな」
確かにそうだ。
確かにそうなんだけど。
「最後の最期に笑うって・・・どういうつもり」
彼女の笑顔を見ながら、僕は泣いた。
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。