『好き好き貯金』 作:コピ
アパートの小さな部屋にカップルが住んでいました。
二人の生活はとても質素で、お金を貯める余裕などありません。
このままじゃいけないと思った彼女が提案します。
「好き好き貯金をしよう!」と。
相手のことを“好き”と思ったら、貯金をするのです。
無理をせず、1円でも10円でも・・・。
翌日、二人は口座を開設しました。
途中の残高は内緒にして、1年後に通帳を見せ合う約束です。
彼は思いました。
「たくさん貯金して彼女をビックリさせよう。そして、プロポーズしよう」
彼らの未来を邪魔するかのように町には新型のウイルスが蔓延し、不景気になってしまいました。
二人ともアルバイトの時間が削られ、以前よりも厳しい生活を強いられました。
彼は今の仕事を辞め、屋外でのキツイ仕事を選びました。
初めての給料日。
彼は、ニヤニヤしながら口座に3万円を入金しました。
ですが、ウイルスが消えることは無く、非正規雇用の彼のシフトは減る一方です。
それに、真冬の外の仕事はとても辛く、ストレスが溜まっていきます。
彼女との口論も増えていきました。
彼女はずっと同じバイト先で働いていました。
一度仕事を辞めてしまうと、次がなかなか見つからないと思ったからです。
暗くなっていく世の中を見て、「せめて彼の前では」と、明るく振舞おうとしました。
そんな笑顔の彼女を見た彼が言います。
「お前は暖かい建物の中で働いて、楽でいいよな」
彼女は反論します。
大喧嘩になりました。
「俺はお前と・・・とにかく頑張って働いているんだ!このウイルスのせいで仕事が無いだけで。“好き貯金”は俺の方が多いに決まってる!」
彼はそう言うと、彼女の通帳を取り上げ、中身を見ました。
「何だ、これ!」
お金が引き落とされて、残高はほとんどゼロでした。
思わず彼女に手を上げてしまった彼。
雪が舞い散る冬の寒い夜。
彼女は部屋から飛び出していきました。
「もう、あいつとは別れよう」
そう呟いた彼が、もう一度、彼女の通帳を見てみました。
ほぼ毎日、ちょっとずつ数字が増えていきます。
そして、5千円ほど貯まったところで引き出されていました。
「ん?」
引き出された日付を見て思いました。
「バレンタインデー・・・」
部屋の中を見回しました。
ベッドの所に、リボンで口を縛られた袋が置いてありました。
彼は、袋の近くにあったメモを読みます。
ハッピーバレンタイン!
寒そうなあなたを見てられなくって
ごめんね
袋の中には暖かそうなマフラーが入っていました。
「あぁ・・・」
急いで彼女を追いかけました。
彼は、近くの公園にいた彼女を力いっぱい抱きしめました。
「痛いよ」
今宵の雪は、二人の邪魔をしないように降り続きます。
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などは関係ありません。