「ちょっとイライラしているから、毒がある感じがいいかな」
「かしこまりました。こちらは如何でしょう?」
「爆笑問題?彼らのは知ってるよ。知らないコンビがいいな」
「では、こちらは如何でしょうか?」
「ロケット団?じゃあ、試してみようか」
ぼくは、小和田輝(らいと)。
一昨年お笑いソムリエの資格を取り、去年の春からお笑いレストランで働いています。
まだ、お笑いレストランを知らない人も多いようですね。
お笑い好きのお客様が、お笑い動画を見ながら舌鼓を打つ。
美食と笑いの融合、それが「お笑いレストラン」です。
小学生時代のぼくは、友達が一人もいませんでした。
それでも楽しい毎日が過ごせたのはテレビのおかげです。
特にお笑い番組が好きで、録画をして何度も繰り返し見ました。
高校に入ると、お笑い知識のおかげで初めての友達が出来ました。
芸人さんの真似をして、笑いを取れるようにもなりました。
大学では、お笑いサークルに所属しました。
結構、本格的なサークルです。
ぼくもコンビを組んで、コントや漫才をやりました。
一時期、お笑い芸人を目指そうとしましたが、そんなに甘く無かったです。
ぼくの考えるネタは、誰かの過去のネタに似てしまうんです。
でも、楽しい大学生活を送れました。
社会に出ても、相変わらずテレビは好きでした。
恋愛ドラマなんかも見ましたが、やっぱりバラエティです。
笑うことで、仕事のストレスが吹っ飛ぶんですよね。
みんな、笑いに飢えているようです。
会社の人に、ぼくのお笑い好きが浸透していきました。
「面白い番組ある?」
「こういうバラエティを見たいんだけど」
声を掛けてもらいました。
世間で笑いを求める人は多く、「お笑いレストラン」という飲食店まで出来ました。
そのレストランは、どんどん増えていきました。
会社の仲間は皆、優しくて良い人ばかりでした。
ただ、仕事自体には不満がありました。
「この仕事を続けて一生を終えるのか?」
漠然と考えていました。
そんなぼくに一昨年、人生の転機が訪れました。
「お笑いソムリエ」という資格が生まれたのです。
笑いのメカニズムを幅広く学び、お笑いに携わる人物の特徴を習得し、他者に紹介する資格です。
職業としてのお笑いソムリエは、お笑いレストランでネタを中心としたお笑いサービス全体を行うホールスタッフを指します。
ぼくは、芸人になれなかったけど、芸人さんを紹介することは出来ます。
資格の取得を目指すことにしました。
今まで以上に、お笑いの動画を見ました。
ぼくが生まれる前に活躍した人たちも調べました。
昔の動画は、探すのが大変です。
友達が手伝ってくれました。
落語を見るのに、かなりの時間を費やしました。
自信をもって資格試験に挑むことができ、そして・・・見事に一発合格。
合格率が3.8%の狭き門でした。
ぼくの将来が決まった瞬間です。
「美味しくて満足したお腹が、笑い過ぎて痛い」
お客様から頂く、最高の褒め言葉です。
ご存じの無い芸人さんをご案内して満足されたお客様の顔が何よりの報酬ですね。
若いお客様に、古今亭志ん朝さんをご紹介したところ、とても感謝されました。
逆に、年配のお客様へは、和牛をお勧めしました。
もちろん、芸人の方です。
笑いは世代を超えるものだと考えます。
このレストランの料理のように、深い、味わいのあるお笑いをお届けする。
この大好きな仕事に包まれた、ぼくの幸せな日々が永遠に続くかと思っていました・・・。
ある中年のカップルが来店されました。
なんでも、万馬券が当たったので一夜の贅沢、とのこと。
好みを伺い、動画を流しますが、どれも気に入ってもらえないのです。
パンクブーブー・かまいたち・ラーメンズ・東京03・さらば青春の光・ラバーガール・モンスターエンジン・イシバシハザマ・はんにゃ・流れ星・バッファロー吾郎・あべこうじ・アクセルホッパー・ゴー☆ジャス・もう中学生・中山功太・サイクロンZ・・・
全滅でした。
不満そうなカップルの顔に、とても胸が痛かったです。
一か八かで、最近よくテレビに出ている女性ユーチューバーを紹介してみました。
下品で面白くも無いので、本当に不本意な選択です。
きっと気に入らないでしょう。
「ありがとう!とても面白かった!」
中年カップルは大満足で「お笑いレストラン」をあとにしました。
ぼくは、その日をもって「お笑いレストラン」を去ることにしました。
このおはなしはフィクションです。
実在のお笑い芸人や団体やユーチューバーなどとは関係ありません。