『もう一度君に会いたい』 作:コピ
安藤、ひかる、さん?
なんで?
なんで、ひかるさんがいるんだろう?
ここは何処?
胸のあたりが痛い。
「あぁ・・・」
頭がクラクラする。
こめかみをおさえた。
「ねぇ、大丈夫?」
優しい声。
大好きなひかるさんの声。
僕の目の前にいるのは紛れもなく、人気女優の安藤ひかるだった。
ここは何処だろう?
部屋を見回すが、覚えがない。
ひかるさんのことは当然知っている。
僕は、彼女の大ファンだし。
状況を飲み込めずにいる僕の目の前には、不安そうな顔のひかるさん。
どうやら僕のことを知っているみたいだ。
僕は映画のイベントに参加して遠くの方からひかるさんを見たことはあったけど、お喋りなんてしたことはない。
「!!」
今、明らかに僕の名前を呼んだ。
「 さん、大丈夫?」
僕の意識が遠のいていく。
僕は外にいた。
なぜか宙に浮いている。
交差点をボヤっと眺めている。
目の前に倒れたボク。
ボクの上には、ボクを轢いた車。
車の先から血が垂れる。
僕の涙と同じくらいにゆっくりと。
これは!?
そ、そうだよ。
ボクは車に轢かれたんだ。
し、死んだんだよな。
ひかるさんの写真集を買ったばっかりで一番死にたくない時に・・・。
ボクの体に車が乗っかっている。
魂が抜けているとはいえ、なんか痛々しい。
僕の胸の痛み、原因はこれだった。
そういえば、自分の死体を下に見ながら、同じように宙に浮く老人と会話をした。
「望みは何か?」
確か、そんなことを聞いてきた。
その時の僕の心は『安藤ひかる』で一杯だったから、「ひかるさんのそばにいたい」と言ったな・・・多分。
長い髭の爺さんは、更に細かく聞いてきた。
僕は答えた。
「ただ、そばにいるだけで良い。彼女をずっと支えたい。付き合いたいのでも、結婚したい訳でもない。ひかるさんを笑顔にする為の僕でありたい」
普段から思っていることだから、心のままにそう答えた。
爺さんは頷いた。
僕は、見知らぬ老人に何を伝えているんだろう?
目の前が暗くなっていった。
また、元の場所に戻っていた。
整理すると、僕は死んでしまって、髭の老人の力で蘇って、安藤ひかるの目の前にいる・・・そういうことかな?
よく分からないけど、なんだか嬉しくて笑みがこぼれる。
大きな鏡に映る天使のような笑顔の僕をよく見てみると、ビシっとスーツを着ている。
業界の人、の雰囲気だ。
自分で言うのもなんだけど・・・。
ひょっとすると、ひかるさんのマネージャーとして生まれ変わったのかな?
そういえば、この部屋には鏡が沢山ある。
ここは、楽屋、なんだ。
「ねぇ、大丈夫?そうそう。明日、何時入りだっけ?」
僕は、手に持っていたスケジュール帳をペラペラとめくった。
「だ、大丈夫です!明日は13時です!」
自然に対応が出来た。
無意識なのにマネージャーという仕事をこなせる人間になっていた。
でも、ひかるさんは大笑いしている。
「『です!』だって」
どうも、このマネージャーは彼女に対して敬語じゃないらしい・・・。
夢のような楽しい日々が続いた。
ひかるさんと僕の相性はとても良かった。
元々波長が合うのか、老人がそのようにしてくれたのか、それは分からない。
ひかるさんを楽しませるためにある僕の人生。
僕は、彼女の笑顔をずっと見ていたいと思う。
信号を無視して僕を轢いた車に感謝するという変な気持ちに包まれた。
「いやいや、あの車は駄目だろ」
まぁ、いいや。
僕は、安藤ひかるを支えるという夢を叶えることが出来た。
女優という仕事は大変だ。
撮影に入ると神経を擦り減らし、みるみる痩せていくひかるさん。
役に入り込む彼女は、近寄りがたいオーラを放つ。
今まで画面上でしか見たことが無かったが、実際の演技に鳥肌が立った。
彼女のファンということを除いても、いい女優さんだと思う。
目の前でのキスシーンに心臓が止まりそうになった。
複雑な気持ちだけど、良い作品になればいいなぁ、と。
そう思います、本当に。
女優さん、だから。
ある日、ひかるさんに恋人が出来た。
喜ぶべきことなんだろうけど、かなり辛い。
想像以上に辛い。
こんなにも辛いとは思っていなかった。
人気女優の熱愛がスクープされないよう、細心の注意を払うのが僕の仕事。
ひかるさんは、日々を笑顔で過ごせている。
それはとても良いこと、望んでいたこと。
今は恋人のおかげで・・・ね。
もう、僕は、必要ない、と、思った。
数日後の夜。
気が付くと、ひかるさんが住むマンションの屋上に僕は立っていた。
彼女の本当の幸せを前に、僕の心は切なさで満ちていた。
胸が張り裂けそう。
車に轢かれた、あの時と同じ痛みだった。
この痛みからの解放を求めて、僕は夜空に向かってジャンプした。
・・・生きていた。
倒れた状態のまま、星空とマンションを見上げていた。
屋上があんなにも遠いのに、僕は死ぬことが出来なかった。
体は少しだけ痛い。
救急車で運ばれている時に気づいたんだ。
「一度死んでいるから、もう死ぬことが出来ない。
ひかるさんの笑顔をずっと見続けなければいけない」と。
病室で目が覚めた。
「ねぇ、大丈夫?」
安堵の表情を浮かべたひかるさんが立っていた。
「よかった。あなたがいないと楽しくないんだもん」
その言葉に、身体の奥底から激しい嫌悪が沸き立った。
僕は、お見舞いのフルーツの横に置いてあったナイフと掴んだ。
目の前に倒れたひかるさん。
僕の手には、彼女を刺したナイフ。
ナイフの先から血が垂れる。
僕の涙と同じくらいにゆっくりと。
病室の小さな鏡に映る涙を流した悪魔が口を開く。
「ねぇ、大丈夫?」
この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
どんなに頑張ってもバッドエンドになってしまうのがコピ作品の特徴です。